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メリーゴーランド。

まるっと恋に落ちたから。

伊野尾くんが大好きだ。

 

 

 

 

今や色んなメディアや媒体に出て見ない日はないんじゃないか、というレベル伊野尾くん。

 

そんな伊野尾くんは紙媒体にも引っ張りだこ。そして驚くことに毎回最高綺麗を更新してくれる。

 

 

紙媒体では伊野尾くんの魅力を、写真はもちろんテキストからもとても感じられる。

 

テレビ、ラジオという媒体はもちろん、雑誌という紙媒体もまた違って私は大好きだ。紙媒体の良いところは、永久保存版という形で今この瞬間の伊野尾くんを写真におさめてくれることと、今この瞬間の伊野尾くんの気持ちを聞き漏らすことなく、文字として起こしてくれることだと思う。

 

だから、今この瞬間伊野尾くんはなにを思っているのか、この先も形として残る。私は伊野尾くんが今までにしてきたことだけでなくその時にどんなことを思っていたのか、どんなことを感じながらやっていたのか、という所まで気になる人間だから、過去のことを形として残してくれる紙媒体が大好きだ。

 

 

そしてそこで知れる伊野尾くんの生き方、考え方が大好きで尊敬している私には、毎回発売される伊野尾くんの紙媒体のテキストをとても楽しみにしている。

 

新しいお仕事が決まった時、誕生日を迎えた時、新しい場所へ行った時、新しいことを体験した時、初めての人との繋がりが増えた時、考えさせられる事が出来た時、伊野尾くんはどう思うんだろう。なにを考えるんだろう。

 

それは決まって私の予想を超えてくる。"掴みどころがない"…まさにその言葉だな、と思う。

 

そんな私は毎回紙媒体が発売されるたびに、「ああ…好きだ…」と思わされる。そして好きが溢れてどうしようもなくなる。

 

 

 

一番最近にまた心を掴まれた紙媒体の話をしたいと思う。

 

7/14に発売されたキンキ兄さんが表紙のテレビジョンCOLORS vol.24。

今回のテレビジョンCOLORSには本当に心をつかまれた。

 

 

まず、写真のコンセプト"妖精グラビア"。

コンセプト名だけ聞くと、なんだそら?となると思う。いやわかる。私もネットで予告の時点でなんだそら?となった。また伊野尾くんはすごいタイトルをもらったのか、と。(伊野尾くんのキャッチフレーズがすごいことは伊野尾くんの誕生日記事参照)

 

 

だが、本屋でテレビジョンCOLORSを手に取った時、時が止まったと思った。

本当に妖精だったのだ。私が一番最初に伊野尾くんを見かけた時に感じた "儚く綺麗" がそこにあったのだ。

 

4枚のガラスに挟まれた伊野尾くん。

鏡を覗き込む伊野尾くんの美しさを到底私の語彙力じゃ表しきることなんてできない。是非ともみんなに手に取って自分の目で確認して欲しい。目眩がして倒れちゃっても責任は負えません。でも気持ちはわかりますよ。目眩しちゃうほどクラクラになっちゃいます。

 

 

そしてそんなテレビジョンCOLORSの伊野尾くんの記事は写真はもちろんテキストも私の心を奪っていった。

 

全体を通して1ページしか伊野尾くんのインタビューのページはなかったのだが、この1ページに伊野尾くんがぎゅぎゅっと濃縮されている。

 

なにより伊野尾くんの人柄がひしひしと感じられる。紙媒体のインタビューにおける伊野尾くんは、インタビュアーの質問に真摯に答えていて、でもどこかフランクで柔らかい。和んだ空気の中でインタビューが行われているんだろうな、と情景が浮かぶ。そして決して場が重くならないように切り盛りしながらしっかりと考えを伝えてくれる。文全体を通しても部分的にも「ああ、伊野尾くんって真面目なんだな」と感じることができる。

 

 

そんな伊野尾くんのテレビジョンCOLORSでのテキストの一部を少し挙げたいとおもう。

 

 

 

「悩むって一人の世界のことでしょ。一人でいくら考えたって、程度の低いことしか出てこないから、周りの人の意見を聞いたり、いろんなものを見たりして視点を変えていくの。単純に、考えることが増えていること自体が楽しいんだよね。新しい発見もあるし、今までやってきたことが違う視線で見えてくることもあるし」

 

 

ああ、好きだ。

伊野尾くんは、後ろ向きな考え方をしない。むしろその概念がない。常に新たな考え、新たな見方、新たな思考、と向上心が耐えない。

そんな伊野尾くんだからこその「悩み」という言葉に対しての向き合い方だと思う。

 

 

どうでもいいことだが、私もこの点においては、気をつけている。後ろ向きな考え方はしない。

 

伊野尾くんの言うように1人でずっと悩んでも程度の低いことしか出てこないからだ。

 

どうしよう…と思う悩みがあったとしても、今自分の持ち合わせている状況で悩んでいるのに自分で解決しようとしても、そこ以上のものは生まれないと思う。持論だけど。

 

周りの人の意見を聞くことによって、「そんな考えがあったのか」「そうすれば自分の悩みなんて大したことないじゃないか」と思えることはたくさんある。色んな人の意見を取り入れることで、自分も成長できて、悩みも解決する。

 

 

だけど「周りの人に聞く」「周りの人の意見を取り入れる」というのは簡単にできるようで実はそうでもないことだったりする。

周りの人の意見を聞くことは誰にだって出来るかもしれない。だけど、その意見をすんなり受け入れることって難しかったりもする。自分と180度意見が違った時、「そっか」と言って受け入れれるだろうか。人間誰しも良くも悪くも意思があると思う。自分と真逆のことを言われた時、どうしてもその意見だけは受け入れ難かったりしたりするのだと思う。

 

 

だけど伊野尾くんは、意見が違っていたとしてもそれを受け入れそれを踏まえた上での自分の考えを打ち出し、より良いものに仕上げてくるのだと思う。

 

周りと調和できる人材じゃないと簡単に出来ることではないのだろう、と思う。

 

伊野尾くんは年に1.2回母親に相談事をするくらい、だと言うが、それは伊野尾くんが"悩み"を"悩み"だと捉えてないからなのだろうな、と今回のテキストを読んで思った。

 

壁(というか考えさせられる状況)に当たった時、いつだって後ろ向きな考えをせず、周りに目を向けて、耳を傾け、体験し、吸収する。そしていつだって過去の自分を超えていく。向上心の絶えない伊野尾くんは常に進化を遂げていて、応援していてこんなに楽しくて幸せなことってないな、と思う。

 

 

 

 

「以前は、周りの人が笑ってくれればいいなとか、その場の雰囲気が楽しくなればいいなって思って喋ってたけど、それは山田のようにしっかりしたことを言ってくれる人がいるからこそできることなんですよね。もし僕がグループを背負うような場面になったとき、どういう立ち居振る舞いをしたらいいのか考えると、改めて山田のことをすごいなって思うし、本当にありがたい。そういう視点が持てるようになったことも含めて、今すごく面白いかな。」

 

 

伊野尾くんの昔の姿は、私の調べた中で感じたことは、自由に発言をし、周りにつっこんでくれる人がいて、生まれる笑いに伊野尾くんも笑っている。そんな姿だった。

 

だけど、今の伊野尾くんのテレビ露出や、知名度から、伊野尾くんはグループの顔になっていて、伊野尾くんを観てHey!Say!JUMPを好きになる人だっているし、Hey!Say!JUMPを初めて知る人もいる。

 

そんな伊野尾くんはまさにグループを背負っていくのだと思う。

 

今、グループを背負う場面になった時のことを考えて、どういう立ち居振る舞いをするべきなのかを考えている伊野尾くんはとても真面目な人なんだと思う。

 

そして自分がそういう状況になったことにひるむのではなく、そういう状況になったからこそこのような視点を持てていることが "面白い" という。

 

ああ、これからもこの人は進化を止めないな、と思う。だって今起こるすべての状況を面白いといい、楽しいといい、吸収していくのだから。分からないことも出来ないことも初めてのことも不安もきっとあるだろうけど、全て含めて楽しくて、面白いと感じているのだ。

 

そんな人を応援していて楽しくないことなんてあり得ない。"楽しい"も"面白い"もなにも難しい言葉じゃないし、言葉だけ聞けば凄いことを言ってるわけでもない。だけど、そのありふれた言葉で今のこの状況を説明する伊野尾くんが、どうしようもなく伊野尾くんなのだ。好きだな、大好きだ。

 

 

 

そして、この発言の中に出てくる、山田涼介くん(以下:山ちゃん)とは、伊野尾くんと同じグループではあるものの後輩である。Hey!Say!JUMPの絶対エースとして、今まで支えてきてくれた存在だ。

 

その山ちゃんが過去に伊野尾くんについて語ったものにこんなものがある。

 

「 ちゃらんぽらんで、勘違いされてることも多いけど、伊野尾ちゃんもすっごいJUMPのこと大事にしてる。1年半前くらいかな、これからのJUMPをどうしていくかって、自分達の未来を決めるような大事な話し合いをして、重い話だったから、終わったら、みんな張り詰めた顔をして各々の部屋に戻って、そしたら俺の部屋にピンポーンって伊野尾ちゃんが来たんです。いきなり俺に頭を下げて、”ありがとう、山田”って。”さっきみたいな話し合い、おまえ発信じゃなかったらできなかった。おまえがいるから、JUMPは、今こういう形で活動できてる。ありがとな。”って。後輩の俺に、そんなこと面と向かって言えるってカッコいいなって。芯の通った、本当に温かい人。」

 

後輩であろうとも、尊敬できるし、頭を下げれる。改めてすごいな、と思う。

 

後輩であろうと先輩であろうと同期であろうと、尊敬できるなら尊敬するし、ありがたい面では頭を下げなくちゃいけない。これは”当たり前”のことなのだと思う。『尊敬』や『感謝』というのは一人の人間と向き合ったときに発生するものであって、先輩だから、後輩だから、とかそういう話ではない。

 

だけど人はどうしても先輩と後輩というくくりにこだわってしまうし、誰しもがエゴだったり嫉妬だったりジレンマだったり抱いてると思う。だからこそこれは”当たり前”にはこなせない人も多い。

 

"当たり前"のことだけど、人間が”当たり前”にはできないことを、"当たり前"だと思いながら伊野尾くんはこなしていく。だから実際に自分がそれをできることをおごったりしないし、これが人よりも秀でてできていることだと感じていない。

 

 

でも私が自分の生活に帰ってみたとき、やっぱり周りの人は"当たり前"にこなせてなくて、どこかでエゴが邪魔していて、そこでやっぱり伊野尾くんってすごいんだなって再認識する。

 

 

その時に私はどうしようもなく好きが溢れる。

 

 

ああ、好きだ。この人を応援できてることが幸せだ。

 

 

伊野尾くんのすごさをひしひしと感じられて幸せだ。

 

 

声を大にして叫びたいくらいだ。

 

「伊野尾くんってこんなにすごいんだよーー!!!」と商店街を叫びながら走り抜けたい。

 

 

私たちに発信してくれる伊野尾くんの考え方、捉え方が本当に大好きで、尊敬の念が止まらない。

 

次は、次は、と期待して期待以上のものをくれる伊野尾くんには一生頭が上がらないのだろうと思う。

 

これからも伊野尾くんが新しいものを体験する世界をずっと応援していきたい。 

 

 

 

 

余談だが、伊野尾くんは自分の演技の転機として舞台『カラフト叔父さん』をよくあげる。新規の私はカラフト叔父さんを観劇していない。伊野尾くんがもがいてもがいて、日々成長していた時期を私も一緒に追いかけて行きたかったなあ、大好きな人の転機を自分もその瞬間に観ていたかったなあ、と本当に思う。きっと初日と千秋楽での顔の表情は違っていたんだろうなあ、と思う。

 

私は伊野尾くんを好きになった時期に後悔はないし、過去を悔やむよりも今この瞬間にしかいない今の伊野尾くんを追っていくことは自分のポリシーだ。だけど、ちょっと、『カラフト叔父さん』は観ておきたかったなあ…とちょっぴり切なくなったりもする。

 

まあでもどんなに言ったってもうないわけで、もしも今もう一回『カラフト叔父さん』の舞台をやったとしても、その頃の伊野尾くんには出会えないと思う。

 

だから、やっぱり私は、今この瞬間に私たちに色んなことを発信してくれて、元気と勇気をくれて幸せをくれる伊野尾くんを一ミリたりとも見逃さず追っていきたいな、と思う。

 

 

 

 

次は、どんな伊野尾くんを見せてくれるのかな、と思うとワクワクが止まらないし、その時の伊野尾くんの気持ちを紙媒体で確認する未来も楽しみで仕方がない。

 

テレビジョンCOLORSの宣伝記事みたいになったけど暇な時にテレビジョンCOLORSまだ見てない方にはぜひ手にとって欲しいです。

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございます。